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2013年11月01日

母とんちゃん、今まで本当にありがとう♪

いつも見てくださって感謝です!
初めて、3日間もブログ更新を空けてしまった
滋賀県大津市の歌って踊れる行政書士の中島です。

書く余裕がありませんでした。。。

昨日10月31日8時5分、母は天国へと旅立ちました。
兄弟二人が母に寄り添い母の手を握りながら、そして
最期は苦しむことなくスーッと静かに。

しかもその時間、いやすべての時間を見計らったかのように。

昨年5月9日に急性骨髄性白血病で入院し、
今年1月15日に完治して退院。
しかし、再発して6月24日に再入院したものの、
10月になって肺炎も進行していることがわかり、、、

その間、全くマイナスなことを発せず、つらい状況でも
超前向きニコニコ笑顔であり続け、看護師さん皆がファンになり。

また、Facebookを中心に母のファンになったという方も多く
本当に皆に愛された母とんちゃん。

その回復を皆が願って下さいました。

今まで応援してくださった方、ご心配してくださった方
皆さま、ありがとうございます。

母の教え通り、笑顔で天国に見送ることが出来ました。
「気を付けて天国に行ってね」と。


28日ブログを書いて寝て2時間後の1時46分に、
病院から電話。
「呼吸が苦しくなったので息子たちを呼んでほしいと。
酸素量を増やしたので、すぐにどうというのではないでしょうけど、
来て頂けますか?」と。

慌てて飛び出し、2時10分ぐらいに到着。
そして大阪の弟にも電話し、1時間後弟も。

もうアカンと思っていっぱい話しかけました。

幸いにも少し安定したのを確認し、弟がそのまま残って
有給取るからと言ってくれたので、朝5時頃一旦帰宅。

午後の支援を切り上げて、同友会での講師の仕事の前の夕方、
合間の時間に少しだけお見舞いに行きました。

この時は少し落ち着いた感じでしたが、あの母が初めて
弱気な言葉を発しました。
「楽になりたい、、、、延命処置の酸素マスクなら外して」と。

看護科長を捕まえて話を聞き、母にも説明してもらう。
マスク外したらもがき苦しむし、そんな苦しみはさせたくない。
それにマスクは延命処置でもなく緩和的処置だということを
伝えると、母も「わかった〜」と。

あの超人的な気力で超前向きな母が、そう言うって
よっぽど苦しいんだと。
でも、今できる一番楽な方法を取ってあげたい。

そうして気持ちも落ち着いたのを確認し、同友会講師へ。

翌日30日、午前中の用事を済ませ昼前にお見舞い。
「氷食べさせてもらってん。おいしかった〜♪」と。

ただ「ちょっと寝るわ〜」と言ったので、夕方又来るねと言って
僕は仕事で八日市に向かいました。

そのあと手続き関係で彦根警察署に行って病院へ。

しかしその途中、病院から電話。
「酸素を最大に上げました。お母さんは何も言ってませんが、
来てもらえますか。」

「今向かってます!」と僕。

それを受けて弟にも連絡すると、弟もちょうど向かってるとのこと。
で、6時ごろに到着すると、母が「おかえり〜♪」と。

弟も到着してしばらくして、看護科長さんが
「宿泊の手続きしましょうか」と言って下さいました。

看護科長も今晩が峠と感じたんでしょう。
僕らもそうしてくださいと言って、兄弟二人が泊まりことに。

そんなやり取りの後、母が「氷食べたい〜♪」と。
院内のコンビニでかき氷を買ってきて、看護師さんが
食べさせてくださいました。

一口食べる度に「おいしい〜〜♪」と。

そして食べ終わったときに、弱々しい声ながらも
最高の笑顔を浮かべて
「おいしかった〜〜♪しあわせ〜〜♪」と。

こんな時に食べたいという気力がある患者さんは居ませんと
対応してくれた看護師さんが言ってくれました。
「もう、ただただスゴイ」と。

その後、眠った感じになったので、僕は戻ってパソコンと
プリンタを病院に持ち込みました。

母は寝ていても途中で目を開いたり。
暑そうにしててきたので、ふとんをバスタオルに。
そのバスタオルは「タオルはまかせたろ.com」の寺田さんから
母にと頂いた今治タオル。

聞こえにくくなっているため、話しかけてもあまり反応なし。
母が声を出すわけでもない。

でも少し安定しているのかなと。

ナースステーションで心拍数とかも見てくれているので、
僕らはとりあえず寝ることに。
もちろん、ぐっすり眠れるわけではなく、横になるって感じ。

夜中、僕は何かに反応したかのように母に
「とんちゃん!!」と叫んだけど、呼吸はしている。

そうして朝を迎えました。

心拍数がかなり落ちてきている、、、

夜勤だった看護科長は「あの様子だと夜中にと思った」
とのこと。
実は看護科長と母は、いろいろ語り合っていたようで、
なので看護科長もかなり母に入れ込んでくれていました。

その看護科長がそう言っていたのだから、よっぽどだったんだと。

そして僕と弟が母に寄り添い、手を握っている時、
苦しみのない、穏やかな綺麗な顔で、そのまま
呼吸がなくなりました。

まるで、僕らが起きて揃うのを待っていたかのように。

さらに、仕事以上に対応してくださったN先生や
看護師さんたちに対して、日勤と夜勤が交代する
申し送りの時間、つまりどちらも揃う時間まで
待っていたかのように。

僕らが揃うのを待って、しかもこの時間までも、
母がコントロールしたかのような。

その後、看護師さんらが全員、一人ひとり涙を流しながら
お別れの挨拶をしてくださいました。

看護師さんらも言っていましたが、母からいっぱい
色んなことを学べて良かったと。

先生も、涙を浮かべながら、
何人か印象に残る患者さんはいますけど、中島さんは
そのお一人です。僕らも元気をもらいました。」と。

母が事前に指定していた葬儀業者の方が来るまでの間、
数日前に母と看護科長と僕らで決めた洋服に、看護科長らが
母に着替えさせてくださいました。

また、頭はウィッグではなくピンクの医療用キャップ。
この方が可愛いからと母は事前に指定。

化粧もしてもらって、病室を出る際、フロアにいる
看護師さん全員がお見送り。

これだけ集まってくれたことに感謝すると、
「中島さんの人徳です。皆、元気をもらいました」と。

そんな看護師さんたちに僕は「笑顔で送ってください」と。



前日の夜、最後に聞き取れた言葉が、あの氷を食べた後の、
「しあわせ〜〜♪」

この「しあわせ〜♪」が最期の言葉だったのは、いつも
ニコニコ笑顔の母らしく、奇跡に近い。

しかも、喜びながら・・・

自分の死に対して、全て自分で段取りした母。
皆が、こんな患者さん他に居ませんと。

思えば、最初に夜中に呼び出された時から、
母は僕らにロープレをしていたのかなと思うほど。

なので、約束通り、笑顔で「気を付けて天国に行ってね」
と言えたのかもしれない。

また、以前から10月持つかなぁと言ってたけど、
ちょうど10月最終日。

それ以前の26日土曜に行った際は、
「自分の体はわかる。おそらくあと2〜3日で、
自分でトイレに行けなくなると思う。」と。

その2日後の28日月曜の昼、前回のブログにも書いたけど、
眼科・耳鼻科を周った後、ポータブルトイレを設置。

ほんと、全てを見越していたかのような。
僕らが辛くなるのを、少しでも和らげるかのように。

外泊した時も、もう戻ってこれないと悟り、
しんどい体にムチ打って、精一杯家事をやってました。

台所のカレンダーにはゴミの日が12月まで書き込まれている。
その日々が最高に幸せだったと。

土曜日にお見舞いに行った際、
「お母さんが死んだら読んでほしい手紙があるけど、今読む?」
って聞かれたけど、その時は読まず、昨日読みました。

日に日に衰弱していき、余命がないことを感じながら、
今ならペンを持てると思い、振り絞って書いた3枚手紙。

大好きなキティちゃんの封筒と便箋。

そこに、大好きな自宅に外泊した時、最高に幸福でしたと
書かれていました。

そして2人に対ししてそれぞれメッセージ。

弟によれば、安定的な仕事の弟とは対照的に、
不安定な僕を最期まで、しきりに僕を心配していた。
手紙以外ではダメだしもあったようで(^_^;)

僕宛てのメッセージには
「行政書士事務所はなかなか年収が上がらないと
聞いています。頑張れ。」と。

その最後の文には
「巧次が滋賀で一番、日本一番の行政書士に
なってくれるよう願っています。」と。

ただ途中、お風呂掃除は30点とダメだしも書いてあった(笑)

そして2枚目の最後に、兄弟仲良しを一番願って、
「ずっと巧次、克仁を見守っているからね。」と♪


そんな自分の事より僕らの事を一番に気にしてくれた母。

綺麗な顔で、安らかに眠ってくれて本当に良かったです。
天国でも、ニコニコ笑顔で皆を明るく元気にするんやろうな。


大好きな母、とんちゃん。
66年間、あまりにも壮絶な人生だったけど、決して
諦めることなく、どんな時もニコニコ笑顔で前向き。

病気の時でも、自分の事より僕らの事を心配したとんちゃん。
母というより姉、親友のようなとんちゃん。
時には恋人?って感じにお茶目さを見せたとんちゃん。

(実は先日、看護師さんがノックした時、僕の声が聞こえて、
男の人の病室かと思ったと言われた際、母が看護師さんに
笑いながら僕のことを「恋人♪」っておどけたり(笑))

感動と勇気を与えてくれ、世界で一番尊敬するとんちゃん。
皆に愛されてファンもできたとんちゃん。

いままで、本当にありがとう!!

まだまだ心配のかかる息子だけど、とんちゃんの
生き様を教訓にこれからも生きていくよ!


応援して下さった皆様に感謝の気持ちを込めて、
そして長くなりましたが、ご報告も兼ねて。

皆さん、本当にありがとうございました!!


昨日は、いろいろバタバタもしたりしてたし、それに
母との約束通り、母の前で絶対に泣かないと気も張っていた。

でも、今日になって哀しみで、経験したことのない
涙と声が出てきました。

これからもっと哀しみが募るかもです。
でも乗り越えて、天国で見守ってくれているとんちゃんに
「頑張ってるやん♪」って言われるように♪

今日も読んで頂きありがとうござます!!

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posted by こうたん at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 母の闘病・母への感謝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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